誕生日とかいろいろ

ずっと、気のせいだと思ってた。

ずっと、気のせいだと思いたかった。

 

・・・多分、四十肩になった。

 

車のハッチバック?のドアの開け締めがキツい。
会社でやる、朝のラジオ体操がしんどい。

 

 

 

 

月曜日は誕生日だった。
もう数えるのも忘れそうな歳になってしまった…と、めでたく思えないのだけど。

こんな私に「おめでとう」と言ってくれる皆の優しさが嬉しい。


前の日の日曜日、旦那さんは焼き肉に連れて行ってくれた。

ほんとは、EMSとかついてる美顔器的なものをねだっていたが、「顔だけの問題か?」となり、皆で楽しめる焼き肉にした。

結構食べてしまって、お会計をしている旦那さんの背中が『予算オーバー』を物語ってた。

私は「もうケーキとかはいらないよ!」と遠慮してみせた。

 

次の日の誕生日当日、「そうは言ってもケーキ買ってきちゃったりして♡」なんて期待したけど、ケーキはなかった。

 

みんなで、カレーを食べた。

 

 

 


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職場では壁掛けの洒落た造花を頂いた。

下駄箱に飾った。

 

 


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同僚がカフェラテとスイーツを買ってくれた。
善逸のタルトはもったいなくて食べられない。
食べるけど。

 

 

 

 

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レジ袋有料化して数ヶ月たったけどうまく対応できていない。

レジに並んでから「エコバッグ車に忘れた!」ということが多く、かといって自分のカバンにマグロとか入れる気にはなれず『レジ袋買う』という選択に。

一応「地球ごめん」と心の中で謝りながら、レジ袋を手に取る。

 

でも、よく考えたら生ゴミとか、鼻炎の息子が大量に出すティッシュのゴミとか、猫のトイレとか、そのまま45Lのゴミ袋にぶち込むわけにいかないものはたくさんあるわけで。

仕方がないので100枚入りのレジ袋を買ってみた。

・・・なんかおかしい。

 

そして昨日、夕飯の買い物をして例のごとくレジ袋をまた購入。

カサカサな指で「指をなめたらおしまいだ。」とレジ袋と格闘していたら気がついた。

『・・・バイオマス?』

このレジ袋は植物由来の原料を配合することで

石油資源の節約とCO2の削減に貢献しています

 

・・・知らなかったよ。

 

家に帰って、100枚入りのレジ袋を見た。

何も書いてない。

 

「・・・結局何が正しいの??」

と錯乱状態になった。

 

 

とりあえず次からは、地球に謝らないでレジ袋を買おうと思う。

 

 


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 少し前にお買い物バスケットを買った。

買った日はめちゃくちゃ楽で感動した。

そして次から、ほぼ家に忘れる。

朝「仕事に行くぞ!」という気分で家を出る時に、お買い物のことは頭から抜けてるから。

 


家に帰ると、たいてい猫が入ってる。

 

 

 

姪っ子の話

何度か登場したが、私には2つ違いの妹がいる。

そして、妹には息子と同じ歳の娘がいる。

私にとっては姪っ子だ。

 

今回はその姪っ子についての話。

 

 

姪っ子が1歳の頃に妹はシングルマザーになり、実家の母の元で暮らすようになった。

(ちなみに母もシングルマザーとして私達姉妹を育てた。)

小学6年生まで実家で過ごし、仕事で帰りの遅い妹に変わり私の母が世話をしてくれた。

 

 

妹は、お酒とタバコが好き。

仕事から帰るとすぐにお酒を飲む。

楽しくなるお酒ならいいのだが、愚痴が多く不機嫌になる。

姪っ子がおしゃべりを始めると「早く風呂に入って寝ろ!」と怒鳴る。

時には物を投げつけ、リフォームしたての壁に穴を開けたりしていた。

私も母も気性の激しい妹の子育てに口出しすることができなくなった。

それでも、世話をしてくれる母がいてくれるので救われていた。

 

 

 

姪っ子は小学生の時とても成績がよかった。

通知表は、ほぼ「よくできる」。

妹は、学習のことには無関心だった。

それでも『ほったらかしでも成績がよい』ことには満足してる様子だった。

でも私は、通知表の結果だけで『勉強ができている』と判断することに疑問を感じていた。

小学校のカラーテストで本当の学力を計ることは難しいと思っていたから。

 

妹は、学習面で息子に付き合う私を見て『過保護』だと呆れ顔で言った。

「自分はたいした高校に行ってないくせに、なんで子供に勉強させるの!?」とも言った。

私は、運動が苦手で手先が不器用な息子になにか得意分野を持って欲しかった。

そして“勉強”は社会に出てからも必要だから(仕事に真剣に向き合おうと思えば)苦手になって欲しくないと思っていた。

そのためには、自転車に乗る練習のように段階があると思った。

小学生のうちは、『漕ぎ出せるまで支えて、手を離すのはその後!』という考えだった。

なにより、得意なことをみつけて自信を持ち出した息子を応援したかった。

でも、そんなことは言わなかった。

「やっぱり男の子だしね。」と言ってごまかした。

 

 

 

姪っ子が中学1年になる頃に同じ学区内で中古の一戸建てを購入し実家を出た。

母も限界を感じていたので、自立した妹にホッとした。

その反面、姪っ子が心配になった。

 

中学生になると、姪っ子の成績は下がった。

「下がった」という表現も正しいのだろうか…。

今まで、先生の印象がよくて「よくできる」と評価されていたものが、定期テストやその順位で学力がはっきりしただけなのかもしれない。

私が助かっているのは、息子が学校の授業だけできちんと理解できてくれていること。

姪っ子はそれができていないように見えた。

そして塾にも行っていないから、『理解できていない学習』が積み重なっている。

 一度だけ「数学(苦手)だけでも塾に行かせてあげたら?」と、言ってみたことがある。

妹は、「無理!」と殺し屋のような目つきで言った。

私はそれ以上何も言えなかった。

 

私が妹に『姪っ子のこと』で意見を言ったのは一度だけだと思う。

離婚した妹が

「私も親が離婚したけど全然平気だったから、〇〇(姪っ子)も平気なはず!」

と言った時。

「平気がどうかは親が決めることではない!〇〇(姪っ子)が決めること!!」

と、めずらしく意見した。

激怒されることを覚悟で言ったが、妹は黙っていた。

 

 

 

姪っ子は私のことを『いっちゃん』と呼ぶ。

おしゃべりができるようになってからずっと。

私の名前に『い』という文字は一切ないのに。

姪っ子には息子と違ったかわいさがある。

 

その日学校であったことを楽しそうに話してくれる。

スタバに誘って(おごらせて)くれる。

私のインスタに“いいね”をしてくれる。

wacciやズーカラデルを教えてくれる。

LINEのアイコンは魔法が施され別人のようにかわいい。

 

私の妹は、そんな姪っ子の毎日の話を聞くのが苦手。

姪っ子が一生懸命話しても「うるさい!こっちは仕事で疲れてるんだ!!」と怒鳴る。

スタバに付き合うことは絶対にない。

インスタをやっていることも知らない。(というかインスタを知らない)

姪っ子の好きな音楽や新田 真剣佑が好きなことも知らない。

 

 

 

まだ中学2年生だけど、もう中学2年生。

もう高校受験を意識する段階に入っていると思う。

「そのままの学力で行ける高校に行けばいい」と思っている妹に、私は何も言えないでいる。

姪っ子は、要領が良くて友達がたくさんいる明るい女の子。

怒られても耐えられるメンタルの強い子になった。

だから、どんな高校に行こうと、大学進学できなくても、明るく楽しくやっていくのだと思う。

人から好かれるから、接客の仕事もそつなくできるだろう。

勉強ができなくても、それなりの道はあるのだと思う。

『人から好かれること』は社会に出た時、大きな武器になるから。

 

でも『やり方がわかれば、勉強もできるようになる子』だと思うから、どうしても「もったいない」と思ってしまう。

 

 

『中学生の今』は限りがあって、「このままでいいのかな」と悩む自分がいる。

ただの『伯母さん』でしかない私は、妹達親子のことに踏み込むことは難しい。

「いっちゃん、助けて!」と言われれば多分頑張っちゃうんだろうけど…。

百万年待ってもそんな日は来ないだろう。

 

 

 

そんな、親戚のおばさんがひとりで勝手にモヤモヤしてますよって話でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強の関わり方②

息子が中学生になって塾に通うようになった。

 

前にも書いたが、「塾に通わせればOK牧場」ということではない!と早い段階で気づいた。

なので私も、心は女子中学生♥になって一緒に勉強することにした。

 

でも息子は『テストのために2週間前から勉強する』ということにピンときていない様子だった。

一緒に勉強していても、新しいクラスのグループLINEはピコンピコンなるわ、ちょっと目を離すとYouTubeを見出すわ、しまいには猫と遊び出すわ…。

 

「ちょっと×2!聞いてるの!?」

「あれれ!ピリオド全部つけ忘れてるよ!」

「あらやだ!なんで途中式書かないのよ!」

 

って、大きな声で(じゃないと息子の心まで届かない)話してたら、旦那さんが

「はーっ・・・。うるさい。

と、消え入りそうな声でぬかしやがった(口悪)。

(小学生の頃の反省もあり、面白おかしく笑顔でやってたのに…)

 

 

私は、はらわた煮えくり返る気持ちを抑えて笑顔で旦那さんに言った。(逆に恐い。)

「なんか女ってすぐ感情的になっちゃってダメだよね〜。」

「塾の先生とかも男の人が多いから、男の人の方が先生向きなのかな〜?」

「よく考えたら〇〇(旦那)の方が勉強できるんだから、勉強はお願いしてもいい?」

 

・・・ということで、ある日突然『勉強担当はパパ』となった。

 

 

義理の母が『子供は親の作品』と言うだけあって(←根に持ってる)、旦那さんは割とずっと優等生だったらしい。

でも、勉強ができるイコール勉強を教える(学力をつける)のが上手なわけではなかった。

教えている旦那さんを見ると、声を荒げる事はなかった。

でも、イライラしている様子が伺えた。

「え?こんなところもできないの?」

「え?まだ、これしかやってないの?」

「え?それさっきやったじゃん!忘れたの?」

多分、自分は勉強で困ったことがなく何事もすんなりと習得できてしまっていたから、単純に息子の気持ちに寄り添うことができなかったのだと思う。

 

 

「パパには教わりたくない…。」

と、息子が言った。

 

 

旦那さんに、伝えて(言い方には気をつけて)話し合った。

結果、少しペースを掴めるようになっていたこともあり、基本は息子の力でやり、勉強のペースの相談や細かな準備(ワークのコピー等)は私がカバーし、学校や塾で解消しきれなかったことだけ旦那さんに相談するようにした。

どちらかだけが関わるより分散したほうが、全員の心の負担が軽くなるようだった。

 

 

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そして、昨日今日と先週の中間テストの結果が返ってきた。

息子は新しい塾に変わり勉強時間も格段に増えて、私達夫婦が関わることもほとんどなかった。

相変わらず、家での勉強の仕方には思うところがあるけど、前の塾では行かなかった「自習」に行きよく頑張っていたと思う。

 

だけど、昨日英語のテストで66点を取ってきてしまった。

ずっと90点前後だったので、見たこともない点数だ。

多分、息子が一番ショックを受けているだろう。

 

昨日、LINEでその点数を知っていた旦那さんは帰ってくるなり息子を叱った。

「でも、数学は初めて100点取れてよかったね。」

と私が助け舟を出しても、

「なんでこんな点数なの?」

「反省してるの?」

「くやしくないの??」

と息子を攻め続けた。

 

私は、このままではよくないと思って息子にもう寝るように言った。

そして、旦那さんとはあえて他愛もない話をした。

ほんとは言いたいことがたくさんあったけど。

 

「終わったテストに対して怒るのはよくない。」

「一番悔しいのは息子であって、笑っているから何も感じてないと決めつけてはいけない。」

「“失敗は成長のチャンス”だと教えて、体感できるように仕向けてほしい。」

 

でも、今これを言ったら旦那さんが嫌な気持ちになるだけだと思った。

 

 

今朝、旦那さんを見送る時に

「あのね、国語も時間が足りなくて最後20点分できなかったんだって。今度は私が〇〇(息子)と話して反省会するね。もう、叱ってくれなくて大丈夫だよ。ありがとね。」

と伝えてみた。

旦那さんは少し笑って「はい…。」と言った。

 

 

今回のテストでのことから『子供の勉強の関わり方も、関わらせ方も難しいYO』という、ずっと悩みの種であるテーマを書きたくてメチャクチャ長くなってしまった…。

 

 

 

 

《2学期 中間テスト結果》

 

国語 69点

数学 100点

英語 66点

理科 94点

社会 95点

5科 424点

 

国語と英語はまさかの60点台。

国語は時間配分を間違え、最後に未記入(漢字)が20点分。

英語は今まで点数がよかったけど、ぶっちゃけワークを見ながら「息子あまり理解してないかも」と思ってたので、現実がわかってよかった。

ピリオド忘れで4点、字が汚くて4点減点。

先生、減点してくれてありがとう!

数学、初めての100点!やったね。

理科、社会、過去最高得点。

 

 頑張れ!息子!!

 

勉強の関わり方①

息子が小学3年生になった頃からだろうか。

『自主学習』というものが始まった。

『自主学習』は、宿題の一部として出されていた。

それは、先生から指示された宿題ではなく、“自ら内容を考え、自主的に取り組む学習”だった。

小学3年生の時はまだ“できたらやる”という感じでよかったので、週末などに絵を書いたり、漢字を書いていく程度だった。

 

それが、小学4年生になると“毎日必ずやる宿題”になった。

その頃の息子は、黒板の板書ができない(わからない)くらい、“ノートに整理して何かを書く”ということが苦手だった。

自分で学習内容を考えるのも難しく、見開き1ページを埋めることが難しかった。

かといって、こだわりの強さもあり「漢字と計算で埋めとけばいいか!」ともならなかった。

『自主学習』の他にも漢字ドリルや計算ドリルの宿題や音読練習などもあり、全て終わるのに4時間も5時間もかかっていた。

息子は集中力も切れ、ただでさえ弱い筆圧は更に弱く、ただでさえ汚い字は見たこともない汚い字になった。

私が仕事から帰って、漢字ドリルの宿題を見ても半分もできてないことも多く、そこから食事とお風呂を済ませようを思うと、どんなに頑張っても寝るのは24時過ぎだった。

(なぜか計算ドリルだけは早かった。)

 

その頃、義理の母から『子供は親の作品』と言われていたこともあり、私はそんな息子を「どうにかしなくては!」と思っていた。

 (私の考えは子供がどんなに優秀になったとしても、それは子供の頑張りで『親の作品』とは少し違うと思います)

 

 

仕事から帰り、食事とお風呂を済ませると20時過ぎ。

息子は集中力も切れてくるので、ボーッとしがちで私の声は届かない。

何度も聞き返してくるから、声はどんどん大きくなった。

「そこ!字が汚い!!」

「そこ!書き順が違う!!」

「とめはね!ちゃんと書いて!!」

しまいには、息子が書き終わる前に、

「そこ!ちがーうっ!!!」

22時過ぎに帰ってくる旦那さんは、その様子を見て大きなため息をついた。

すごく悲しい気持ちになった。

自分ばかりが子供を育てる責任を負わされているような気分だった。

 

 

でも、ふと息子の顔を見て気がついた。

『・・・怯えてる。』

そこで私が間違っていたことに初めて気がついた。

 

 

私はやり方を変えることにした。

まずは息子が楽しんで勉強できるように考えた。

学習の内容を息子に考えさせるのを諦め(これだけで1時間かかってた)、私が考えた。

同じ漢字を何度も書いたりする反復練習はモチベーションが下がって時間がかかったので、クイズのようにして漢字を学べるようにした。

 

【例 (漢字の足し算)】

  日+音=暗   言+十=計  木+黄=横

 

 

するとそれがハマったのか、かかる時間が短くなった。

そのうち、自分で問題を考えられるようになり、応用問題(漢字の引き算・掛け算)なども考えるようになった。

 

そして、きれいな字(私の求める)で書かせることを諦めた。

それを求めることが全ての足かせになっていると気づいたから。

 

そうすると、ただの反復練習だとノート1ページやるのに3〜4時間かけていたのが、1時間程でできるようになった。

 

 

そして小学5年生になった時、私は“先生が求める自主学習ノート”を書かせることを諦め、“手抜きをして量と質を向上させる”ことにした。

本来は見開き1ページ全て手書きで埋めるのが望ましいようだったが、市販のドリルを買い、それをやって貼らせた。

すると、たくさんの問題をこなせるようになった。

その頃には算数が得意になって、中学受験用の“1問だけど時間のかかる問題”を喜んでやるようになった。

 

小学6年生になると、あれだけ時間がかかっていた漢字の反復練習(ドリル)に黙々と取り組めるようになった。

本人は『無の境地』と言っていて、なにも考えずにやっているからあまり覚えられていないようだったけどそれでもいいと思った。

 

できていないところを見るか、できているところを見るか。

(できていないところを見なくていいわけではないと思うけど。)

息子の場合は、できているところを伸ばすことで、できていないところも引っ張られてよくなったのかもしれない。

 

 

よく、「子供の勉強に関わってる」と話すと、

「今は勉強のやり方も変わってるから余計なことしないほうがいいよ。」とか、

「いずれなるようになるから、大丈夫。学校に任せたほうがいいよ。」とか、

「母親は、3食手作りして子供に食べさせてればいいんだよ。」とか、

と、いろいろな人がアドバイスをくれた。

けど、よく思われていないようにも見えた。

 

 

でも私は、こんな失敗ばかりの関わり方だけだったけどたくさんの学び(私の)があってよかったと思っているし、「今の勉強のやり方」も改めて勉強できてよかった。(大した違いはなかった)

関わらせてくれた息子には感謝している。

 

 

 

 

消えた息子②

自宅に戻り、息子に話を聞いた。

息子はやはり、コンビニを出てすぐ違う方向(地図の )に進んでしまったらしい。

 

 

《息子からの話》

総合病院の前を通って、本川越の駅を過ぎた辺りで

「あれ?道間違えたかな?」

と思った。

そして、戻ろうとしてなぜか丸広の裏の駐車場に辿り着いた。

 

自分がお金を手に持っているのを思い出し、公衆電話で私に電話をしようとした。

(息子は数字の羅列の暗記が得意で、私の携帯NOを覚えていた)

公衆電話に十円玉を入れる→お金が下から出てきてしまう

番号を押して十円玉を入れる→お金が下から出てきてしまう

息子は今まで公衆電話を使ったことがなく、“最初に受話器を取る”がわからなかった。

公衆電話は諦めることにした。

 

そこで駐車場にいた買い物帰りのおじさんに

「すみません、携帯を貸してください。」

と頼んでみた。

・・・断られた。(というか、怒られたらしい。)

 

諦めずに丸広の警備の人?に

「すみません、携帯を貸してください。」

と頼んでみた。

借りることができた。

 

それなのに私は、テンパってすぐに駆けつけられない旦那さんや自分の母親に電話しまくっていて、せっかく息子が電話してくれたのに“通話中”にしてしまっていたのだ。

 

 2回私の携帯にTELして通話中で、警備の人に

「もういい?」

と聞かれ、返すしかなかった。 

 

仕方なくまた歩き始めると神社があった。

急に人が少なくなったのと、神社の鳥居の様子が恐くなって右の脇道に入った。

すると、何度か来たことのあるクレアモールに出た。

クレアモールから出てなんとなく右の方を見ると、コンビニを出た時に見えた踏切が見えた。

「踏切を渡ってコンビニに戻ろう!」

と思って踏切の前に立っていたところを発見された。

 

 

 その日は30度を超える真夏日

ペットボトルはあっという間に空になってしまったらしい。

 

息子からその様子を聞いて胸が苦しくなった。 

 

 

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 最初にいた駐車場

 お金をくずしにいったコンビニ

 私の会社へ向かう道

 迷った息子が向かった道

 息子の発見場所

 

《*地図載せても地元の人わかりづらいと思います…。すみません。》

 

 

 

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 その後、私の実家でそのことについて話をした。

当時、妹が出戻りで実家にいたので、同じ年の姪っ子にも話を聞かせた。

 

まず、公衆電話について。

必ず受話器を上げてからお金を入れる。

緊急事態の時はケチらずに百円を入れる。(途中で切れないように)

 

次に、大人(他人)の頼り方。

できるだけお店の人に声を掛ける。

お店がなければ、できるだけ女性に声を掛ける。

 

そして、伝え方。

必ず、お願いしたいことと、その理由をセットで話す。

息子の場合「迷子になってしまったので携帯を貸して下さい。」と聞いていれば、違った対応をしてもらえたような気がするので。

 

最後に、私の反省。

自分の住んでる街のことを教えていなかったこと。

その後はできるだけ「今どこにいるかわかる?」と聞くようにした。

あとは、お金をそのまま預けてしまったこと。

息子にも財布を購入し、

「もしお金を狙われるような事になっても、命の方が大切だからお金は投げて逃げなさい。」

と伝えた。

 

 

勉強のこととか、成績のこととか、夏期講習のこととか…。

そんなことよりも大切なことを教えていなかったと反省した。

 

 

 

 そんな様子をヘラヘラと聞いていた姪っ子。

その頃は女の子の方が心も体も成長が早かったので、ちょっぴりバカにした様子だった。

 

「夏休みの自由研究にいい材料見つけちゃった

 と、新聞にまとめた。

 

それは、目からウロコのすばらしい新聞になり、小学校の代表に選ばれて市でもすばらしい賞をもらい博物館に展示されましたとさ。

 

 《おしまい》

 

 

 

 

消えた息子①

息子が小学4年生の夏休み、友達に誘われて夏期講習を受けることになった。

誘ってもらった時は値段も高いし迷っていたのだが、最初の説明の時に受けたテストが思ったほどよくなかったこと、それでも「地頭はいい!」と褒められた(?)こと、紹介割引があったこと。

あとは先生との面談でそろそろ勉強に力を入れないといけないような気がして申し込むことにした。

 

その帰り、停めていたパーキングから車を出そうとして財布を見たら万札しか入ってなかった。

面談でテンションの上がっていた私は、“息子にお金をくずしてくる”というお使いをさせることにした。

 

「ここをまっすぐ行ったらコンビニがあるからこの1万円でジュースを買ってきて」

と頼んだ。

息子はジュースが飲めると喜んだ。

「ジュースは家まで我慢だよ。おつりはビニール袋に入れてもらってね。」

と付け加えた。

息子は軽い足取りで走って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

 

それから20分車で待った。

・・・息子が戻ってこない。

 

心配になってコンビニに迎えに行った。

・・・息子がいない。

 

店員さんに、小学生の男の子が万札持って来なかったか聞いた。

「モウカイリマスタ。」(中国の方?)



『じゃあ、どこかで入れ違いになってパーキングに戻ったのかな?』

と思ってまた戻ってみることにした。

だんだん胸がザワザワしてきた。

 

・・・やっぱりパーキング(地図の)にもいない。

 

 

『迷子になってしまった…。』

やっと、そこで気がついた。

もう小学4年生だし、生まれてからずっと住んでいる街だし、パーキングからコンビニまで200m位だし…と、息子が迷子になるなんて微塵も思っていなかった。

でもよく考えれば、私が行かせたコンビニ(地図の)は五差路になってるところにあった。

きっと、店を出て戻る道を間違えてしまったのだろう。

 

コンビニに探しに行った時にお金はくずしておいたので、車を出して自分の会社に向かった。

会社はコンビニから割と近くにあって、コンビニを出てすぐ左の細い道に曲がってしまっていれば会社に辿り着くので『会社で待っていてくれれば…』と願った。(地図の

 

慌てて会社に戻り、事務員さんに

「うちの息子来てないですか?」

と聞いた。(職場は事務さんがロックを外さないと入れないので)

「いや、来てないですよ…。何かありました?」

と聞いてくれたので、息子がいなくなってしまったことを話した。

「もしかして自宅に戻ってるのかも!」

とのアドバイスで、同じマンションに住むママ友にエントランス(オートロックで入れないので)と、念の為自宅を見てもらった。

でもママ友からは。

「エントランスや建物の周りも見たけどいない…。ピンポンならしても不在だったよ…。」

との返事。

そうこうしてるうちに後輩達が、

「私達、自転車で探しに行ってきます!」

と言ってくれた。

私は車で、さっき行った塾や、もう一度自宅を見に行くことにした。

 

その間も不安で仕方がなかった。

一番の心配が、お釣りを中身が丸見えのビニール袋に入れさせてしまったこと。

1万円のお釣りだから、お札が何枚か入っている。

もし、目先のお金が欲しい悪い人がいたら狙われてしまうかもしれない。

もし、息子が抵抗したらなにかされてしまうかもしれない。

もし、大人が数人いれば誘拐なんて一瞬でできてしまうかもしれない。

もし、面倒になったら殺すことなんて一瞬でできてしまうかもしれない。

もしかしたら、息子は今ひどいことをされているかもしれない…。

人間の(私の?)想像力は恐ろしいもので、悪い方に考え始めたら最悪な結末まで想像してしまう。

 

 

 

市の夕方の放送が流れた。

気づけば、息子をコンビニに行かせてから2時間近く経っていた。

私は最後にもう一度そのコンビニに行き、やはり息子はいなくて途方に暮れた。

 

『警察に連絡しよう』

 

そう決めて110番した。

10分程で警察官が来てくれた。

私は警察官に聞かれるまま時系列で今までのことを話した。

話しながら、後悔が溢れて泣きそうになった。

 

そこにさっきの後輩達が来てくれた。

「やっぱりみつかりません…。」

と、申し訳なさそうに話してくれた。

 

警察官から、息子が戻るかもしれないから私は自宅で待機するように言われ、私への連絡手段を伝えている時だった。

 

「あーっ!!!」

後輩の1人が大きな声を出して踏切の方を指さした。(地図の

 

そこには顔を真っ赤にして、汗でびしょびしょになった息子が立っていた。

後輩達がいたので、泣きたいのを堪えて口をへの字にしていた。

私より先に後輩2人が駆け寄り、息子を連れてきてくれた。

息子は息を切らしながらビニール袋を大事に握っていた。

中には空っぽになったペットボトルが入っていた。

私は

「1人で行かせてごめんね…。」

と謝った。

息子は下を向きながら

「ちょっと道を間違えただけだから。」

と言った。

 

 私も、息子もこれ以上話したら泣いてしまいそうだった。

警察官と後輩達にお礼を言い、久しぶりに手をつないで車まで歩いた。

 

 《次に続く》

 


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 最初にいた駐車場

 お金をくずしにいったコンビニ

 私の会社へ向かう道

 迷った息子が向かった道

 息子の発見場所

 

《*地図載せても地元の人でもわかりづらいと思います…。すみません。》

 

 

 

 

キンモクセイ

気づけばすっかり秋になってしまった。

最近の出来事をつらつらと。

 

〈メル珈琲〉

前から行ってみたいと思っていた喫茶店

市役所に用事があったので行ってみた。

雰囲気のよいおじさんがやっている、雰囲気のいいお店。

その日はパンのランチだった。(毎日メニューが違う)

お肉のサンドイッチとデニッシュとフレンチトースト。

サラダとプチデザートとコーヒーがついて千円。

安すぎ。

そして、おいしかった。

野菜とかそんなに好んで食べないのだけど、こーゆうとこで出されると

「ていねいに作ってくれてるから残さず食べよう」

という気持ちになるのが不思議。

でも、好きではないから先に食べる。

野菜をモグモグ食べると、自分がきれいでいい人になった気がするのが不思議。


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食事を終えて店を出ると気持ちのいい風が吹いてキンモクセイの香りがした。

近くに中学校があって、生徒が合唱の練習中なのかきれいな歌声が聞こえてきた。

普段なら気にも留めないけど、『野菜をたくさん食べた効果だな』と思った。

 

 そしたら無性に『キンモクセイの香水』が欲しくなった。

次の日、池袋のルミネに買いに行った。

 

www.auxparadis.com

 

キンモクセイってオスマンサスっていうのね。

オスマンサンコンしか知らなかったよ。

 

 

 

 

〈息子のこと〉

結局、息子は副部長に選ばれなかった。

顧問の先生が決めるので、理由はわからないけどなんとなくわかる。

 

でも、いい経験なので息子と少し話をした。

息子は「自分が絵があまりうまくないことが原因かも」と話した。

私は「自分が組織を任せるとしたらこーゆう人に頼みたい」と話した。

 ☆全体を見て、それぞれのいいところを生かすことができる人。

 ☆上手に先生と部員の橋渡しができる人。

 ☆必要とあらば裏方に徹することができる人。

 ☆困っている人(先生も生徒も)に気づいてサポートができる人。

 ☆自分が褒められることよりも、他の人達が褒められることを喜べる人。

 

息子は「それはできていないし、できる自信もない…。」と言った。

 

ぶっちゃけ、大人でもなかなかできないことなのはわかっている。

「難しいよね。だから〇〇(息子)も部長達の助けになって。役職じゃなくても。」

「そして先生に『〇〇に任せればよかった…。』て思われたら嬉しいじゃん!」

というとボソッと「確かに…。」と言った。

 

うまくいかなかった時ほど、自分を成長させるチャンスだと前向きに捉えてくれると母は嬉しい。

 

 

 

〈役員のこと〉 

今年、広報の役員をやっている。

小学校の時も広報だったのでいいかな、と思ったのだが中学校の方がアナログだった。

パソコンでイラストレーターで…とかではなく、手書き。すごい。

 

集まりでいつも思うのが、「できあがった餅をこね続ける作業みたいだな」ということ。

簡単に決められることも、あえて決めずにだらだら話し合う…みたいな。

 

例えば、合唱コンクールの様子にタイトルをつける作業。

試しにみんなでタイトルを言い合えばいいのに、それはなくて…

「えー、どうしようか。難しいね!」

「思いつかないね…。」

「去年の見てみようか。一昨年のも。その前のも…。」

「・・・どうしようか。」

ってなかなか決まらない。

無駄に人が多いのが原因だろうか。

 

「『響け歌声!一年生!!』とかは、どうかな?」(1年生のページ)

我慢できずに言ってしまった。

・・・即決定。

今までのはなんだったんだ…。

 

 

例えば、写真(吹奏楽部の演奏の様子)を選ぶ作業。

「えー、この写真だと見てる生徒達が全員写ってないよ!」

「あー、ほんとだ~。かわいそう~。」

「ちゃんと全員写ってるのないかな…。」

全部写そうとしたらなんの写真だかわかりませんが…。(心の声)

 

「写真は全部写そうとせずに、主になるものが大きく映ってるのがわかり易いかも。」

また我慢できずに言ってしまった。

・・・写真もすぐ決まる。

なんだか偉そうな自分が嫌になり、その後はなるべく発言せずに首がおかしくなるほど相槌をうち続け、できるだけかわいい声で笑うようにした。

 

 

でも、みんないい人で救われる。(急にフォロー)

いつも役員で思うのはメンバーの人柄で仕事のしやすさが全然違うということ。

 

息子の学校では9月に体育祭があったのだが、父兄の参観はNGだった。

ただ広報は、広報誌に載せる写真を撮るために腕章をつけて参加予定だった。

それなのに、他の保護者から「広報だけ見れるなんてずるい!」とクレームが入り、撮影は急遽教頭先生にお願いして対応することになった。

 

親御さんにも色々な人がいるんだな…と驚いた。

 

そうゆう人と役員が一緒じゃなくてほんとによかった。

あと半年、頑張ろう。