病気の話

 

【注意】長くて暗い話になります

 

 

高校受験のための塾探しから始まり・・・、

川越の松江塾きっかけで見るようになった、はてなブログ

結局、息子は通わせたかったけど叶わず。

それでもそこからブログの世界は広がって自分も書くように。

 

1年ほど書けないでいる間に松江塾の保護者の方々がブログを始めた。

夫婦ラジオを聞いていて、

『ブログ始めてくれないかな~』

と思っていた奥様も参加してくれて。

書く気にはなれないけど、ブログを見るのが楽しくなった。

 

そんな中ママブロガーさんに同じ病気の方達がいることを知った。

 

ブログを始める時に、

『思春期の息子に振り回されて右往左往してるだけのほのぼのブログ』

を目指していたので、病気のことを書くのはな…と思ってたのだけど。

最初で最後のつもりで書いておこうという気持ちになった。

 

 

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ちょうど去年の11月に乳がんが見つかった。

毎年会社で乳がん検診を受けていて『異常なし』だったのに。

 

たまたま胸に皮膚炎のようなものができて、なんとなく乳腺外来に行った。

先生はエコーもしてくれて、

『あれ?しこりがあるよ。脇にもあるかな。』

と言った。

『でも悪いものではなさそうな気がするから、検査は来週しようか。』

という言葉に少しほっとして次の週に検査。

それから3週間後に結果を聞きに行った。

たまたま予定が合って付き添ってくれた旦那さんと受付に行くと、

『ご主人も中で一緒に聞かれますか?』

と看護師さんに言われて嫌な予感がした。

 

そして結果は悪性。

 

『紹介状を書くので、今すぐ手術してくれる病院の予約を取って。』

とその場で病院名が載っているリストを見せられ。

茫然としている私の代わりに旦那さんが予約を取ってくれた。

 

思わず先生に

『私、治りますか?』

と聞いた。

先生は

『大丈夫、小さいし手術すれば治りますよ!』

と言ってくれた。

 

評判がいいと聞いた大学病院の予約が取れたのが3週間後。

とりあえず予約が取れてみんな安心してたけど、私は不安だった。

 

先生が、大きくなるのが早いタイプであると言ったこと。

実際、結果を待っている間にも大きくなってるのが自分でわかったから。

 

それを家族に話したら妹が『〇〇病院に行こう!』と言ってくれた。

そして乳がんについて色々調べて教えてくれた。

私はもう大学病院の予約も取ってしまったし、

旦那さんもそれに合わせて休みも申請してるし、

『もうなるようにしかならない』という投げやりな気持ちもあり、

後ろ向きな発言をしていると、

『あきらめないでよ!お願いだからあきらめないで!』

と言って泣いてくれた。

その言葉に救われて、私も泣いた。

 

すこし前向きな気持ちになって、その病院に行くことにした。

予約はなくてその日に見てくれて、先生が

『CTを取りましょう。』

と言った。続けて、

『骨や他の臓器に転移があれば延命治療になります。』

そこまで話すのかと背筋が凍って、震えた。

 

そこの病院でもエコーを看護婦さん二人がかりで撮ってくれて、

さらにCTも撮って、その結果を見て先生が言ったのは、

『〇〇さん(私)のがんはマンモやエコーに写らないタイプ』

ということだった。

エコーでは小さく写っていただけなのに、CTで見たら白いモヤが全体にあり

『たぶん、これ全部がんです。』

ショックでその後どうなって診察室を出たか覚えていない。

 

旦那さんも茫然として、2人で落ち込んで。

待合室で待っていた母はそれを聞いて、

『大丈夫。大丈夫。』

と背中をさすってくれた。

 

結局、骨などへの転移はなく、

『すぐに治療を始めましょう!』

と言ってくれたその病院でお願いすることにして、大学病院はキャンセルした。

 

まずはがんを小さくしてからでないと手術ができないので抗がん剤治療。

しばらくして髪の毛だけでなく、全身の毛がなくなった。

そして半年後、だいぶ小さくなり手術(全摘&リンパ節)ができた。

その後放射線治療に3週間毎日通って、さらにやっつけて。

これからは飲み薬での治療…の予定だったけど、たまたま肺炎になってしまい延期。

でも経過は良好だと思う。

 

 

 

最初の頃はごはんも食べられなくなって、

急に不安になってどうしようもなくなって、

朝が来るたびに『夢じゃなかった』と落胆して、

『夢ならばどれほどよかったでしょう〜』

と米津玄師のLemonが頭の中で流れた。

 

たくさんの人に励ましの言葉をもらっても、

もう高校生になっている息子を心配して泣き、

親より先に行くのが申し訳なくて泣き、

私がいなくなった我が家を想像して泣き。

 

でも本当は、私がいなくなった後の家族が心配なのではなくて。

私がそこに居られないこと、見届けられないことがただただ寂しいだけ。

 

息子が社会に出て、子育てのひと段落を旦那さんと分かち合いたい、とか。

私が定年したら、退職金で家をステキにリフォームしたい、とか。

旦那さんが定年したら、また2人で旅行に行きたい、とか。

なにか喜びの瞬間があった時、私もそこに居たいのだ。

 

それでも今はメンタルも落ち着いてきて、おいしいもの食べて、たくさんしゃべって、たくさん笑って、時々息子に怒ったりしながら過ごしてます。

人間、ずーっと悲しんでるなんてできないんだな。

 

 

旦那さんは仕事をリモート勤務にしてくれて家事をやってくれて、

職場の皆さんも旦那さん不在で迷惑かけるのに協力してくれて、

私もほぼ仕事にならないのに出勤してることにしてもらって、

お客様対応がしんどい時は同僚がしてくれて、

妹や母は食事を作って届けてくれて、

ほんとうに、ほんとうに、ありがたかった。

病気は大変だったけど、ありがたみがわかってよかった。

…ちなみに、息子はほぼ変わらなかったけど『学校まで乗せていって』と言わなくなった。

 

そんなことをしていたら、あっという間に一年が経ってしまった。

 

 

乳がんなどのホルモン系に関わるがんは長く付き合わないとで、簡単に『治った』とはならない。

タイプもほんとに様々で、簡単にどーのこーの言えない。

 

私のブログを見てくれる人は多くないけど、見てくれた方には

『検査は健診より乳腺外来(病院)がいいと思う。』

と伝えたい。

 

そして、男性(ご主人)には女性の不調に敏感であってほしい。

『最近たいして食べてないのに太ってきた!』

と奥様が言ったら

『摂取カロリーが消費カロリーを上回らなければ太らないよ。だからどっかで食べてるんじゃない?』

なんて決して言わないでほしい。

ホルモンバランスの乱れで食べてなくても太りやすくなるし、そう言われたら、

『一度婦人科に行ってみてもいいかもね。』

『恐かったら一緒に行くよ。』

と言ってあげてほしい。

お母さんは自分のことを後回しにしがちだから。

 

『そろそろ夕食なのに買い物に行けていない!』

と奥様が言ったら

『あり合わせのもので作ったのでいいよ。』

とか死んでも言わないでほしい。

買い物に行けないくらい忙しくてきっと疲れてるんだから。

ホルモン乱れると疲れやすいんだから。

てゆーか、あり合わせとか一番難しいし、作ったら片付けもあるんだよ!

せめて旦那が買い物に行け!

そして、肉とか魚とか野菜とか買ってくるな!

ヤオコーの総菜めちゃくちゃおいしいんだから、それ買って来い!!

 

 

・・・あらやだ。なんだか文句になってしまった。